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2008年04月14日
京都不老庵、桜の茶会(1)
銀座不老庵の早川氏より、京都、嵯峨野の不老庵のお茶会へ、お誘いを受けた。
何せ、現代の数寄者として、その名を欲しいままにしている早川氏のご自宅でのお茶会である。
行かない訳には行かない。
朝7時30分の、新幹線で、京都へ行った。
「とても道路が混雑しますので、絶対に、タクシーではお出でになりませぬように。山陰線の嵯峨嵐山の駅前で、お待ちしています。」の指示通りに伺うと、私を含めて、当日の客10人を、顔見知りの和服姿の女性が、待っていてくれた。
彼女の案内で、ついていくと、天竜寺の山門の前を通って、渡月橋へ。そして、そこから、保津川を少し上って、大河内山荘の脇を通って、嵯峨野の竹林へ。そして、常寂光寺の山門の前を右折して、不老庵へ。
4~50分の、散策に、すっかり身体が、汗ばんで来た。
嵐山の美しさは、流石、王朝人が、1,200年の歳月をかけて作り出した人工美で、そのあでやかさは、言葉に尽くせない。
淡い桜色と、これまた、淡い新緑が、市松模様のごとくに、山肌を染めている。
小倉山の自然美と比較すると、世界屈指の人工美の美しさなのだろう。
無論、嵯峨野の竹林も、決して、自然美ではない。
徹底的に、人手の入った、人工美である。
それにしても、京都の王朝人のロマンは、いかばかりのものであろうか。
1,200年も昔に、この地に、まさに西方浄土の極楽を築いていたのだから、言葉がない。
それにもまして、この地に、ご自宅を構えられた、早川氏の見識には、頭が下がる。
京都不老庵の二階の座敷から眺める、景色も絶品。
色艶やかな嵐山と、小倉山を遠景に、嵯峨野の竹林を中景、そして、今を盛りの桜を近景に配して、正に、一服の絵である。
「桜の季節は、障子を外しているのです。」と、早川氏。
桜の見ごろには、6段階ある。
まず、咲きはじめの頃。7~8分咲きの頃。そして、満開。散り始めの頃。葉桜。道端に散った桜。
どの桜も、見ごたえがある。
そして、桜は、まさに、花曇りが一番。
王朝人の美意識の素晴らしさである。
この2階の座敷から眺める、雨もよいだろう。
そういえば、司馬遼太郎先生のお宅にお伺いしたとき、昔、都人は、雨が降ると、清水山へ上ったというお話を伺ったことがある。
雨見の旅。
この嵯峨野の雨見の風情も、いかばかりか。
桜を十分に眺めたころ、「それでは」と言って、1階のお座敷で、茶会が始まった。
「今日は、表に桜が満開なので、家の中は、あえて、桜を外しましたが、このお茶席からは、桜が見えませんので、」と、早川氏が、手をかざす先に、桜の一枝が、見事に活けられている。
心憎い演出である。
つづく。
投稿者 hayashiya : 2008年04月14日 00:28