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2006年02月19日
音作りの醍醐味(5) 自然界の音を聴く
こうやって考えて来ると、プロデューサーの仕事も悪くない。
結構、遣り甲斐のある仕事である。
しかし、そうかといって、幾らプロデューサーがその気になっても、
実際に、努力するのは、演奏者本人なのだから、難しい。
私が、もうひとつ重視していることがある。
それは、後藤泉に、本物の自然の音を聴いてもらうことである。
しかし、これは、一朝一夕に出来るものではないし、
また、一回位、聴いたからといって、理解できるものでもない。
やはり、ある程度の長い期間で、自然環境の中に住んでもらうしか、方法がない。
後藤泉は、ベートーヴェンの九曲のシンフォニーを、
リストがピアノ用に編曲したものに挑戦、見事に完成した。
しかし、それは、弾けるようになったということだけで、
音作りの意味では、まだまだ奥が深い筈である。
この奥を探求するのに、3つの課題がある。
(1)まづ、ベートーヴェンがどう感じていたのか。
やはり、これは、ベートーヴェンの足跡を、実際に訪ねて見る必要がある。
そして、ベートーヴェンが、ベートーヴェン以前の音楽をどう感じていたのか。
そして、ナポレオンをどれほど、憧れていたのか。
それが、どう失望していくのか。
更に、恋をして、失恋をして、・・・・。
そして、最後に、神と人間との通訳になる決意をして、
第九を書き上げる、その心の過程を、本当に理解するには、
後藤泉自身による、ベートーヴェン研究が必要である。
(2)本当に自然の音を聴く。
これは、簡単なようで、難しい。
地球上、どこにいても、風の音は聴ける。
鳥の声も、ある程度聴ける。
しかし、ここが重要である。
風の音でも、ビル街の風と、森の中の風と、草原の風では、音が違う。
雨の音となると、もっと、細やかである。
霧のような雨、森の中を、遠くから渡って来る雨。篠つく雨。
嵐の雨。そして、天をひっくり返したような雨。
雷。遠雷。
嵐の後のさわやかさ。
すべて、色も音も違う。
季節の移ろいは、すべて、音がある。
そして、色がある。
音楽では、その音と色とを、同時に表現しなければならない。
星の輝き。
これも、季節によって、音も、色も違う。
ドヴォルザークの新世界。ヴィヴァルディの四季。
ベートーヴェンのスプリングソナタ。
同じ季節を謳うにも、表情は、全く違う。
オーケストラなら、指揮者がいるが、
アンサンブルの場合、自分自身が勝負である。
最近感じたことなのだが、
ルツェルン湖の月の光と、芦ノ湖の月の光とは、色が違う。
まあ、ベートーヴェンの「月光」を弾くのに、
ルツェルン湖の月の光を見なくても、
芦ノ湖の月の光で十分なのかも知れないが、
しかし、琵琶湖の月の光では、絶対に色も、音も違う。
山中湖の月の光も違う。
まして、中国の杭州の西湖の月の光は、全く、違う。
もし、画家に、この場所の違う月を、描き分けさせたら、
全く違う月の光を描き分ける筈である。
無論、文学者だとて、明瞭に書き分けるはずである。
その意味では、音楽家だとて、この違いを表現出来なければ、うそになる。
ここが、単なるテクニックの音楽と、心の音楽の差なのだろう。
この違いを、どう、音で表現するのだろうか。
(3)そこで、この表現文化をどう捉えるのか。
まず、自分で、表現することを、勉強して貰わなければならない。
後藤泉は、現在、二つのブログを持たせて頂いている。
そして、月刊「ショパン」に、エッセイの連載をさせていただいている。
これらは、後藤泉にとって、何事にも、換えがたい幸せである。
やはり、自分で感じたことを、文字を使って、自分で表現してみることは、
表現文化の、第一歩である。
そして、「後藤泉のやさしいクラシック講座」では、
自分で台本を書き、お喋りをしながら、ピアノを弾かせていただいている。
こうすると、その曲の、作曲された背景だとか、作曲者の意図がわかり、
演奏にも、深みがまして来る。
まだまだ、駆け出しであるから、
今聴いて頂いても、たどたどしいばかしで、感動して頂けないかもしれないが、
十年もすれば、大分、変わってくるだろう。
あとは、如何に、大勢の、表現文化の達人に、接点を持ち、
素直に教えを請うかである。
幸い、月刊「モーストリー・クラシック」の誌面で、
「後藤泉の表現文化研究所」なる、連載の対談ページを頂いた。
指揮者の小林研一郎先生との対談を皮切りに、
トヨタの世界中のモーターショウのデザインをされた、
環境演出プロデューサー、仁木洋子さん。
日本全国に、カレーハウス「CoCo壱番屋」を、1025店も展開された、宗次徳二さん。
そして、詩人であり、お料理研究家の、堀口すみれ子さん。
そして、大女優の、池内淳子さん。
錚錚たるかたがたにご登場頂き、各名人の表現文化をご教授頂いている。
言葉には、表現出来ない、感謝の気持ちでいっぱいである。
やはり、その道その道で成功されている方々は、
輝き方が、違う。
無論、後藤泉は、まだ、全くの未熟者であるから、
対談をさせて頂いても、恥ずかしいばかりで、
比べるべきものは何もないが、
それでも、一回の対談を終えるたびに、
「凄いですね。感動です。」と、素直に感激している後藤泉を見ていると、
たとえ、一ミリ、一ミリにしても、彼女の成長に役に立てればと祈っている。
後藤泉のプロデュースを引き受けたとき、
「金儲けならやらないよ。」
「タレントにすることもしないよ。」
かなりきつい条件を並べ立てた。
「もちろんです。お金もいりません。名声もいりません。
でも、一生、ピアノを弾けるようにしてください。
本当の音楽を演奏できるようにしてください。」
何度も、何度も、彼女は、私に、そう頼んだ。
この素直さが、この謙虚さが、後藤泉に、チャンスを運んでくるのだろう。
何年たったら、自然の音を弾き分けられる、本物の、ピアニストになれるのだろうか。
多分、私が、この世に生を得ている間には無理だろう。
投稿者 hayashiya : 2006年02月19日 22:50