2006年01月19日
はじめに
2006年。
新しい年の幕開けです。
しかし今年は、1月もすでに半ばを過ぎたというのに、未だに、年頭の目標も掲げず、また、新年の誓いも立てず、徒に、ただ、うだうだと、時間を送っています。
実は、2005年の12月26日より、仕事で、ロンドン、キエフ、ウィーンと、廻ってきて、すっかり、過労で、ダウンしてしまいました。
そこで、もうそろそろ、しっかりしなくてはと云うことで、ブログなるものに挑戦、新規まき直しを図ろうと云うわけです。
私は、今、富士山麓の高度1100メートルの高原に住んでいます。
家のテラスからは、眼下に森が広がり、その向こうに、湖と、富士山を見渡せます。
実に日当たりの良い家で、朝、太陽が、東の山の端に顔を見せてから、夕方、西の山の端に沈むまで、燦燦と、遮るものもなく、その恩恵を与えてくれています。
そして、紫の帳が、あたりを包むと、壮大なドラマの幕開けです。
天の川が、北から南へ、堂々と流れ、月をはじめとする役者たちが、天空を駆け巡ります。
私は、このテラスから眺める風景を、最初のころ、ただ只管、「絶景かな」「絶景かな」と感激して眺めていました。ところが、そのうちに、この夜景が、ただロマンティックな星々のドラマではなく、実は、今も続いている、新星の爆発とか、星雲の衝突、などなど、もっと凄まじい、宇宙の営みが眺められているのだと、気付きました。
望遠鏡で眺めてみると、月も、詩歌の世界の風流なそれではなく、無数の隕石の衝突を記録するクレーターが手に取るように眺められ、文学の世界から、宇宙物理学の世界へと、否応無く、引きずりこまれます。そう、このテラスは、138億光年の広がりのある、この宇宙の展望台だったのです。
そう気付いたときから、私の、思想に変化が起き始めました。
今現在、最新の科学技術をしても、この広大な宇宙のどこにも、地球以外には、如何なる生命体も、発見されてはいません。
つまり、われわれ人類は、この138億光年という、広大な宇宙に展開する、何億個という星々のなかで、
唯一、美しい地球に生を得たのです。
言うなれば、奇跡の存在と言えるでしょう。
しかも、人類のなかでも、我々日本人は、山紫水明の自然の豊かな、日本という国に生まれました。そして、歴史の中でも、現代という、全く戦争のない、とてつもない平和な時代に生かされているのです。
こんな幸せがあるでしょうか。
同じ地球に生まれながら、国をもてない人々。また、砂漠と、岩山ばかしに囲まれた地域に生を得た人々。また、赤道直下や、極寒の極北に生まれた人々。それに比べて、気候温暖で、豊かな水と緑に囲まれた日本は、何にもまして、恵まれた国なのではないでしょうか。
それなのに、毎日の、テレビや新聞の報道を見ていますと、日本人の多くが、何と、馬鹿な毎日を送っているのでしょうか。
この美しい自然と、温暖な気候、そして、戦争のないこの平和以外に、何を求めるのでしょうか。
投稿者 hayashiya : 2006年01月19日 00:50